『ライフコース選択のゆくえ』
2020年06月05日
「有機的な生き方」は、毎月のDMでお送りしております。
WEB版は「有機的な生き方」をさらに深く掘り下げた拡大版。
リーフを片手に、ぜひご一読ください。
36歳~45歳の女性の「人生の選択肢」
『ライフコース選択のゆくえ』-日本とドイツの仕事・家族・住まい-(田中洋美/M。ゴツィック/K・岩田・ワイケナント 編集2013年 新曜社)
2020年5月のテーマは、36歳~45歳の女性のライフステージの課題として「人生の選択肢」について考えます。
ニュースレターとして配布した印刷版では『ライフ・シフト』を取り上げました。日本ではアラフォーというやや揶揄するニュアンスの言葉がイメージさせるように、40歳以降の女性は“後半生”を生きることになる、という偏った見方があります。
しかし『ライフ・シフト』によれば“人生の分水嶺”という考え方自体がもはや時代遅れであり、人生はいつでも何度でも様々な選択を繰り返し長い寿命を全うしていく、ことが未来の女性のライフステージ像となります。いや女性だけでなく男性も同じです。
そのようにイメージすることが、人生100年時代において、本人の人生の充実と社会の経済的安定を両立させる大きな可能性である、というのが『ライフ・シフト』の主張です。
この本の著者たちはイギリス人ですが、『ライフ・シフト』がベストセラーになったのは、この未来像がイギリス社会ではそれなりにリアルなものとして受け止められる基盤が出来上がりつつあることをを示すでしょう。
このWEB版では、そのような未来へのシフトのへ向けて、果たして日本もまたそういう変化への道筋にあるのかどうかを探る本を紹介します。『ライフコース選択のゆくえ』はその副題にあるように、日本とドイツについて両国の社会学者たちが行った共同比較研究の成果を、仕事・家族・住まいというトピックでまとめた論文集です。
日本とドイツの働き方の分岐点
実はドイツは欧米諸国にあって、比較的最近まで伝統的な家族関係が維持されてきた国でした。ですから働き方についても21世紀に入るまでは終身雇用が多数を占め、家族の中での父親の権威もある程度維持されていました。その意味では日本との近似性が高い国と言えます。
その中で20世紀最後の10年から21世紀が始まった10年までの20年間で、仕事(雇用)の在り方の変化は、両国のライフコースの選択肢に大きな変化を生みました。それは一言で言うと「個人化」という傾向です。
家族が同居する期間が短くなり、単独世帯が増え、生活の安定が大きく脅かされる事態が進行しました。そして同時に高齢化も進展していますから、高齢者の介護をどうするかも大きな問題になります。
両国の差が出てくるのはこの変化対応からです。ドイツの場合、終身雇用を保証した安定的な企業経営がグローバル化の急進展の中で立ちいかなくなった時以降、労働者一人一人のスキル多様化を国を挙げてバックアップする政策へシフトしました。
一方日本では労働者一人一人のスキルアップはあくまで個別企業または労働者個人の自己努力に依拠すべきもの、という姿勢を変えませんでした。
それどころか雇用の流動化を後押しするように、派遣労働や時間外労働の条件を企業に有利なように緩和し、その結果「非正規」「不払い労働」が横行し、「格差」の拡大が問題になりました。
そして長時間労働の末抑うつになり自殺した某広告代理店の女性社員の事件をきっかけに、「働き方改革」が政治的課題になるところまで追い詰められました。
高齢者への対応の両国のコントラスト
ドイツでも独り暮らし高齢者が急増していますが、そのための対応として共生型住宅(同じような高齢者の個人の住空間が共同的に営まれることを可能にする 半共同住宅)が国の支援で建設され、一人では全うできない日常生活を相互支援でカバーする仕組みを準備し始めています。
家族という安全弁が機能しなくなり、個人で人生のあらゆる問題に対峙しなくてはならない「個人化」社会への移行の中で、それをソフトランディングさせるために政府が汗をかくドイツと、大部分を家族と企業に丸投げする日本と、この差はこれからの両国の「国力」の差として結果するのではないか、そんな不安も感じます。
男女のライフステージの性差はどのようになるか
もう一つこの本で繰り返し取り上げられているのが、男女によるライフステージにおける性差が、今後どのように縮小していくか、というトピックです。
『ライフ・シフト』もそうですが、人生の中で何度も選択を繰り返すことが可能となるのは女性だけではなく男性も同じです。ここに紹介する『ライフコース選択のゆくえ』の中でも、男女それぞれが変わりつつあるトピックが選ばれています。
働き方については男女差がゆっくりと縮まる方向にあることは、先進国で最も男女格差の大きな日本でも感じられているかと思います。ただこれまではその方向はどちらかと言うと女性の男性化という色彩が強いものでした。
そのため女性は大切な女性性である「出産」「育児」を犠牲にしてきました。少子化はそのような女性の(仕事面での)男性化の影響も強いと思われます。
新型コロナウイルス禍で変わりつつある社会
今後はドイツ日本両国社会とも、男性のライフステージ変容に大きな期待をかけていることはよくわかります。でもこの本が書かれた段階では、これは働き方の変化以上にゆっくりしたものになる、という悲観的な観方でした。
しかし新型コロナウイルス禍は、働き方それ自体を根底から変えるインパクトを私たちにもたらしました。
在宅勤務は期せずして男性を家族へ近づけ、家族も男性が(子育て教育や地域生活において)重要な一員であることを思い出しつつあります。
この傾向が一時的なものに終わらず定着するなら、新型コロナ禍は未来の私たちに大きな恩寵を与えてくれているのかもしれません。