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『「家族の幸せ」の経済学』

結婚・出産・子育て・離婚の真実

『「家族の幸せ」の経済学』-データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実-
(山口慎太郎 光文社新書2019)

 

この本は、結婚・出産・子育て・離婚という「家族」の形成から分離まで、社会的な数値データを分析し、それぞれの局面で“人々がなぜ・どのように意思決定し、行動に移すのか”を突き詰めていきます。そしてその知見を元に、これからどのような判断を下すことが”家族の幸せにより近づくことができるか“を考えます。

 

  • 第1章結婚の経済学
  • 第2章赤ちゃんの経済学
  • 第3章育休の経済学
  • 第4章イクメンの経済学
  • 第5章保育園の経済学
  • 第6章離婚の経済学

男性の育休取得について

「家族」という括りの開始からしばらくは、その構成員が大切な意思決定をするのは子育てについてですから、当然その部分の考察が充実しています。

 

個人的には第4章イクメンの経済学はとりわけ秀逸だと思います。男性の育休取得について、日本は「制度は立派」なのに、取得率が先進諸国でもかなり低く、ここに日本の企業(というかあらゆる集団)の前近代性を批判する議論が一般的には主流です。

 

でも父親育児の先進国である北欧諸国でさえ、その制度化が始まったのは1980年前後である、まだ年若い制度です。そして当初はその国々でも制度先行、実態はなかなかという状態が続いていました。

 

それを乗り越えて多くの人がごく当たり前に育休を取得するようになるのは、勇気ある少数のお父さんが、周囲の冷たい視線を跳ねのけて取得することがきっかけだったそうです。

 

我が国ももう少し長い目で見ればイクメンが普通、という時代が遠くない未来にやってきそうです。

 

現実に私の長男は今年3月末に第1子を授かりましたが、1か月の育休をとって、おむつ替えをしていました。長男の勤める会社では、上司も含めて育休は当たり前、ということです。

 

完全母乳育児は必ずしも必要?

この本が画期的なのはやはり、解釈する前に様々な角度からのデータを集めて分析し、その「事実」を元に解釈をしていくという姿勢です。

 

例えば母乳育児が必要だ、という「常識」に対しては、「母乳育児は必ずしもその後の成長過程での健康とは関係が強くない、知能発達や発達障害とは無関係である」というデータを前提に、母乳育児でなければいけない、という思い込みはお母さんの行動選択を狭くする、と「母乳神話」から自由になることを「幸せ」の観点から勧めます。

 

ただこの本で引用されるデータは、子育てに関わるものについてはほとんどが諸外国の育児支援政策とその効果判断のための取得データです。

 

例えば母乳育児と特定疾病・肥満・知能・発達障害との関係性が強くない、あるいは全くない、と言えるのは、1996年にベラルーシの新生児1万7千人を対象とした母乳育児促進プログラムを、主催したカナダのマギル大学が20年も追跡調査を続けているからです。

 

ドイツやノルウェーやカナダなどは、育児に関わる政策変更・法律改正が行われた場合、必ずその社会的効果を追跡調査する予算が付きます。それは政権が代わっても、行われた政策の効果測定がデータという形で蓄積し、政策変更の前提情報となります。

 

翻って我が国は、と愚痴は言いたくないのですが、(都合が悪くなると)データを一年と経たないうちに紛失・破棄してしまうことがまかり通っていますね。

 

この本の著者の山口慎太郎先生も、データの蓄積が死活的に重要であり、我が国で政策効果のデータがほとんど蓄積されていないこと、そして個人情報漏洩への恐怖から、国民が各種調査にあまり協力的でない実情を深く憂慮されておられます。